「バトルマスターの悟り」カテゴリーアーカイブ

武術に武道や地稽古は必要。勘違いを増やさないために。

私は武術(型稽古のみ)を学んでいる人には
武道や地稽古が必要だと思っている。

古流の流派の多くは表向き

型稽古のみのところが多い。

ただ実際のところ表には出してないが
自分たちで様々な防具などを使って
地稽古を行なっている流派もあるようだ。

(今は、剣道・なぎなた・銃剣道の防具や
 総合格闘技などのプロテクターなど
 比較的手に入りやすいので
 様々な防具が地稽古で使える。)

武術の基本型稽古だが
それだけでは武は身に付かない。

ある程度、大ケガしない程度に
痛みが伴う対人稽古は必要。

武の世界は戦いの世界であり
技だけを覚えても戦える訳でもないし

そもそも対人稽古ををせず
戦いの技術が
使えるものとして身に付いたり

強くなったり戦えるように
なることは無い。

居合や剣術を学んでいる人が
地稽古がある剣道を学ぶ事に
意味があると思うし

薙刀術を学んでいる人が
地稽古がある競技なぎなたを
学ぶ事に意味があると思う。

型稽古だけだと
技だけ覚えて
自分は強くなったとか
自分は戦えるようになったとか
勘違いに陥りやすいと思う。

実際何らかの対人稽古や
格闘技でいうところの
スパーリングのような経験がある人と

そういう経験が全く無く
戦いに関して何も分かっていない人とでは
大きな隔たりがあり、

そういう人は勘違いして
的外れな説明を平気でしている場合もある。

そういう分かってない人間が

戦いとはこういうものとか

実際に技を使う場合には
こう使うとか

的外れな説明をした上、
それを押し付けたりして

初めての人や初心者の人に
迷惑をかけていたりする。

そういう人間に限って
痛みが伴う地稽古を嫌がったりするので
道場の先生方も困っていたりする。

ボクシングで言うところの
シャドーボクシングだけが
上手くて

スパーリングで
相手に攻撃が当たらないとか
相手の攻撃が防御できないとか
相手を倒せないなどになっても
意味が無い。

自分がどれだと戦えるかは
実際には武道の地稽古や試合で
試してみればいい。

居合や剣術の経験者は、
剣道の地稽古で
相手の攻撃を避けたり
刀を捌いたりしながら
攻撃を相手に当てる事が出来なければ
その時、自分のレベルが分かるだろう。

薙刀術の経験者は、
様々な技が出来たとしても
なぎなたの地稽古で
相手の攻撃を避けたり捌いたり
自分の攻撃を当てる事が出来なければ
その時、自分のレベルが分かるだろう。

空手や日本拳法のように
型稽古も自由組手もやっている所は

自由組手で
自分がどれぐらい戦えるのか
戦えないのかが分かりやすい。

思ったより戦えたり
思ったより全然戦えなかったり
それも試すから客観的に分かる事。

自分が強くなったとか
自分が戦えるようになったとか
妄想に浸って勘違いするより

正しく自分のレベルが
把握出来るように
地稽古に挑戦しよう(^-^)

武術や武道を健康にために学ぶという間違い。武の本質は敵を倒す事。

武術や武道を学ぶ理由として
健康のためという人がいる。

本人が自分のためだけに
その理由で学ぶのであれば
問題ない。

ただそういう人間は、
他の人に理合や技を教えたり
説明したりしてはいけない。

何故なら本質が見えてないから。

様々な道場や流派の稽古へ行くと
今では健康のために始めたという人が
結構いる。

だか武の本質は
戦いで敵を倒すことにあり、
健康になることが本質ではない。

例えば刀を振る場合、

敵を斬るつもりで
刀を振るのと

刀を振る事で
適度な筋力を使うので
健康になるために振るのとでは

全然意味合いが違うし
積み重ねで出来上がってくるものも違う。

もちろん全身を使って運動し
緊張感や集中力も使うので
いろんな意味で結果的に
健康になり健康を保る事に
繋がるというのはある。

ただそれは健康な身体を目指して
積み重ねた結果ではなく

武を探求する中で
その先に結果的に出来上がった
心身ともに健康な状態というだけ。

つまり武の探求する中で
本質を身に付けた人が
指導したり説明したりするのであれば
正しいものを伝える事が
出来ると思うが

単に健康のために始めた人が
多少理合が分かったり
(実際分からないと思うが。)
技の順番を覚えたからといって

他の人に指導したり説明したりすれば
その人から指導を受けた人や説明された人は
間違った方向へ進んでしまう。

特に
始めたばかりの人や
初心者に対して

健康のために
少し前に始めたぐらいの人が
的外れな事を平気で教えていたり
説明したりしてところを
見ると無責任だと思い、

自分の後輩であれば
注意するが

自分よりも先に始めた先輩や
立場的に先生と
呼ばれている人の場合には
あえて何も言わなかった。

(武の本質の理解や
 理合や技の理解に
 年齢や経験年数は関係ない)

でも最近、
やっぱり言うべきだと思っている。

武の本質を理解し
その流派の理合を理解し
その流派の技を正しく使える人が
理合や技を伝えるべき。

健康の為だけに
稽古へ参加している人が
正しく伝承出来るとは思わない。

武の伝承が間違った方向へ
導かれないように

武を学ぶ者は、
武の本質、理合、技を
正しく理解し身に付け
実際に使えるように精進し

その次の段階で
他の人への指導や説明が
正しく行えると思う。